シンフォニー・ジャパン1961-2015
Symphony Japan
語り 奥田瑛二
放送局:BSジャパン
時間:21:00~22:54
2年前に1本の映画フイルムが発見された。海外で賞をとっているものの日本では未公開。なぜ未公開なのか、いったい誰がどんな想いで作ったのか、その謎を探す旅が始まった・・・・・
愛知芸術劇場コンサートホール オペラ「万葉集」 |
総勢200名の合唱団、オーケストラが万葉の世界へいざなう |
≪出演者≫
語り:奥田瑛二(俳優)
ナビゲーター:近衛はな(女優・脚本家)
出演 千住 明(作曲家)
桐島ローランド(写真家)
大竹省二(写真家)・織作峰子(写真家)・草笛光子(俳優)・團 紀彦(建築家) 小林武史(ヴァイオリニスト)・下重暁子(作家)・輪座克彦(BBCワールドニュースジャパン) ・奈良橋陽子(キャスティングプロデューサー)
映像を担当した桐島ローランド(写真家) |
1961年版の「シンフォニージャパン」團伊玖磨(作曲家)が作曲し、大竹省二(写真家)に触発された、千住明が、今の日本を描き、世界に向けて発信する「新たなシンフォニー・ジャパン」を作りたいという強い意志の中、このプロジェクトがスタートした。
千住が映像監督に選んだのは、千住ファミリーのポートレートを撮影するなど、親交がある写真家の桐島ローランドである。桐島も、このプロジェクトに魅力を感じ、参加することになった。
●魅力的なゲストたち
1961年版の監督大竹省二(写真家)と弟子の織作峰子、女優の草笛光子との感動の再会など、時を超えた人間ドラマが描かれる
シンフォニージャパン1961の映像を担当した
大竹省二(写真家)と青春時代、同じアパートで
暮らした草笛光子
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作家 下重暁子さんが陸奥陽之助への想いを語る |
桐島(左)とナビゲーターの近衛はな |
そもそも1961版の「ソンフォニー・ジャパン」とは
團伊玖磨(写真:広瀬飛一) |
1964年の東京オリンピックを目前に控えた
1961年、ジャーナリスでありプロデューサーの
陸奥陽之助が以前より親交のあった團と大竹に声をかけ、経済復興を進める日本のパワーを世界に知らしめるべく映画を作ろうとプロジェクトがスタートした
團伊玖磨と陸奥陽之助(写真 陸奥祥子・インタナシヨナル映画) |
大竹省二(写真家) |
プロジェクトのスタートは渋谷桜丘から
桐島さんが持参したタイムラプスのいくつかのイメージ
映像を見ながら作品論で白熱
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撮影は無事終了。TV東京の深谷プロデューサー交えて 記念撮影 |
草笛光子さんにインタビューを申し入れたところ「あら、大竹さんに会わせてくれないの?あたしお会いしたいわ」ということで、急きょ大竹、草笛の再会シーンを撮影することになった。
実は、乃木坂のレストランでインタビューを頂こうと店を下見し、化粧室なども予約していたのだ。
この展開にマネージャーさんはびっくり、その後のスケジュールもあり、ピリピリ。
草笛さんの心から大竹さんに会いたいという気持ちが有難く、草笛さんのプロ根性には驚かされた。どうしても感動のシーンを撮影したいという想いから、ピンマイクなしでいくことにした。どうもピンマイクというのが好きではない。襟元にマイクを付けた時点で、人間、素になれない。構える・・・。今回の再会は、声が録れようと録れまいと、二人が見つめ合ったり、手を握ったり・・・それは言葉以上に二人の心を物語っているのだ。そしてその時が来た。感動の再会。半世紀の時を超えて、二人の時間は確実に青春時代に戻っていた。その出会いの一瞬に立ち会えただけでも幸せだった。
草笛光子のたっての願い「大竹さんに会いたい」 ドラマ以上のドラマが・・・・。 |
『團伊玖磨への想い。ヴァイオリニスト小林武史』
團伊玖磨と親交があったヴァイオリニスト小林武史のリサイタルが、沼津の淡島ホテルで行われた。ピアノ伴奏は野平一郎。この日には團が1973年に小林に贈った「ファンタジア1番」を演奏される。実は「シンフォニ・ージャパン」を知る人がなく、唯一小林の演奏する「ファンタジア」が團の曲や人となりを知る手掛かりになるのではと思い、小林氏に取材を申し込む。「團さんのことなら」と快く引き受けて下さった。ご自宅でのインタビューの際には、「團さんのことを思うといつも胸が痛む」とおっしゃり、我々のために團の手書きの楽譜や写真、團愛用のパイプなども用意されており、小林氏の團への思いがひしひしと伝わる取材となった。
淡島ホテルでのリサイタル。ピアノは野平一郎 |
團伊玖磨の手書きの楽譜「ファンタジア第1番] |
10月14日。前日からの台風で、国立音楽大学の撮影ができるかどうか危惧されていた。予定では、團が書いた「シンフォニー・ジャパン」の楽譜が見つかったということで、大学に千住明さんが訪ねるシーンの撮影。「撮影は室内なので雨風があってもいいから撮影をしたい」と連絡。大学からは、『台風だと休校になり学生も職員も出てこない』という返事。ああ、そうなのかと納得。学校全体が休んでしまうのだ。天候を心配しつつ朝を迎える。スタッフの思いが通じたのか、台風はそれて太平洋上に。台風の強風は残ったものの大学職員の全面協力を頂きながら無事ロケを行うことができた。
その時の強風の中での記念撮影。右から音大の柄田さん、 千住さん、音大の小関さん、平林、杉浦 |
『千住明さんのオペラ『万葉集』名古屋
前日は富士吉田市で富士山を撮影。の予定だったが5時間待ったが、結局富士山は顔を見せてくれず、あきらめて一路名古屋へ向かう。
名古屋では、千住明作曲「オペラ万葉集」を指揮されている姿を撮影。それからナビゲーターの近衛はなさんのインタビュー。楽団100名、合唱団100名がおり、もちろん控室などない。ステージ裏通路が控室となり戦場と化す。我々スタッフは、通路のその一角をお借りして撮影機材を置かせてもらう。本番前、ソリストたちは思い思いに心を落ち着かせている。千住さんも無言でその時を迎える。ステージに立つ前の張り詰めた空気、声をかけられないほどの緊張感。ステージ正面客席にカメラ、千住の表情を追う。
左から撮影の川崎、平林、千住さん、近衛さん、奥田、 田中、杉浦 |
ステージ裏の控室。合唱団の皆さんの飲み物。それぞれ 工夫をこらしてわかりやすくしている。マラソンの選手みたいだ |
番組のオープニングコメント、エンディングコメントは、やはり「シンフォニー、響き合い」の番組であるので「音楽でいきたい」そう思い、選んだのは「ひの煉瓦コンサートホール」と「カーサモーツアルト」。初冬の12月3日オープニングコメントの撮影は行われた。演出イメージはオーケストラコンサート本番前に舞台のイメージ。あちらこちらから楽器の調音の音が聞こえてくる。これから演奏本番、「シンフォニー・ジャパン」という物語がスタートするイメージに。
美術にこだわたったのは、「映らないところに神経を使う」点。ちょっと見えませんが、ピアノはスタンウエイ。譜面台には、「Symphony Japan 1961-2015」というタイトルだけが打たれた楽譜を置きました。50台の譜面台のセッティングには1年分の筋肉を使いました・・・。
ひの煉瓦ホール:近衛はなさん、ホールの照明さん、 ヘアメイク坂田さんも入ってスタッフ全員で記念撮影。 撮影してくれているのは本番組のキャメラマン川崎さん |
エンディングコメント撮り。記念写真近衛はなさんと
スタッフでパチリ。カーサ・モーツアルトのオーナーの
中村さんに撮影して頂いた。ありがとうございました |
エンディングコメントは部屋全体にいつも音楽が流れているようなイメージの「カーサ・モーツアルト」。ここは、モーツアルト好きだった方が作られた小ホール。絵画や彫刻が展示されていてまるで博物館のようだ。そのご子息が受け継ぎ、演奏会等に使用している。ここで近衛さんのエンディングコメントを撮影した。近衛さんにはこのホールのイメージや色調を伝え衣装を話し合った。結果、シックな中でも華やかなイメージの衣装で部屋の調度品にもよく合い、落ち着いた絵作りができた。映像もコダックを思わせる色調になり、とても素晴らしい映像になった。途中、何か事件か事故か4機のヘリがホール上空を旋回。警察に電話したり、皆で空を見上げながら撮影を15分程度中断したことが記憶に残る。
奥田瑛二さんとのナレーション録り
12月20日NHKドラマのあいだにかけつけてくれた奥田さん。俳優であり、監督であり、プロデューサーである奥田さんの読みのうまさはもちろんのこと、スタッフへの気配りは素晴らしいものでした。本番組の平林プロデューサーとは20代のころからのお付き合い。そんな関係もあり和やかな収録になった。
奥田瑛二さんとオールスタッフ記念撮影 |
平林プロデューサーとは久しぶりの再会 |
そしてシンフォニー・ジャパン2015完成
12月26日麻布のサウンドシティにて千住さんのレコーディングが行われた。
総勢30名の演奏者が一体になって「シンフォニー=響き合い」を作り上げる。
千住さんの指揮での収録風景 |
千住明さんと平林プロデューサー30年来のお付き合い |
クランクアップ。ちょっとさびしい |
≪ テレビ東京≫
チーフプロデューサー深谷 守
プロデューサー工藤里紗
≪ BSジャパン≫
編成 伊藤淳也
≪ BSジャパン≫
編成 伊藤淳也
≪製作スタッフ≫
統括プロデューサー 平林 猛
企画 ・ディレクター 杉浦弘子
撮 影 川崎龍治
編集 川井竜一
制作進行プロデューサー 佐藤泰正
制作進行 田中道彦 椚山幹夫
音楽効果:押尾美里
題字:西村弥生
写真:広瀬飛一
スタジオ:スタジオミック
製作協力:㈱アイランドネットワーク
製作:BSジャパン/㈱ボ ス ■最後に・・・■
この番組は、表には出てきていない多くの皆さまのご協力を頂き、完成しました。おひとりおひとりに御礼をお伝えしたいところですが
それも叶いません。ここに想いをお伝えし御礼を申し上げます。
「シンフォニー=響き合い」なかなか人と人とのシンフォニーは難しい時代ですが、この番組を通じて、少しでも先人の想いを後世に伝えることと、人と人とのつながり合いの大切さを感じ、明日への夢を実現させてほしいと願っております。
本当に感謝しております。ありがとうございました
2014年12月29日
株式会社ボス
統括プロデューサー 平林 猛
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